8.要求レベルに達しない部下にはどこまで任せればよいか

 Hさんは,地方自治体の防災計画作成支援などのコンサルティングチームでリーダーをしています。地域の特性に応じた防災設備や工事,災害時の体制,避難計画などを立案し,高い評価を得ていました。チームのメンバーは5人で,経験10年目のベテランをはじめ,若手メンバーが3人,新入社員が1人の構成です。Hさんはチームのマネジメントのほかに,長い付き合いのあるクライアントの仕事も担当しています。
 最近の悩みは,ベテランメンバーのSさんと意見対立が増えたことです。Sさんには当チームの主要クライアントをいくつか担当してもらっています。評価は高いものの,提案内容にHさんが納得できない点もありました。それは提案内容の“質”です。顧客起点で細部まで検討されていることが少なく,また独自視点も不足し,ともすると一般論の延長にある提案が多いのです。
 Hさんは「提案内容の質が下がるのは認められない。クライアントの獲得と継続的な受注を失うことにつながりかねない」と強く訴えました。しかし,Sさんは「質を高めた上に残業時間を減らし,調査にかかる費用も減らすことは無理です」と反論します。
 このようなやりとりを繰り返し,ベテランのSさんとはほとんど口をきかない状況が続いています。ほかのメンバーも雰囲気を察知し,Hさんの指示に反論することはありません。チームのことを考えると,クライアントを失うような提案はしてほしくありませんが,今後はどのようにチーム運営をするべきでしょうか。最も効果的な解決策を選んでください。

選択肢


 @ Sさんを配置転換で異動させて,ほかのメンバーと交換する
 A 多少“質”が下がっても,Sさんに仕事を任せる
 B 仕事の“質”の重要性を説明しつづけ,Sさんを説得する
 C 属人的な仕事の標準化を推進し,仕事の“質”を高めるように指導す
   る




 新任管理職の悩みに,部下に仕事を任せるより自分でやったほうが早くて確実という葛藤があります。しかし,仕事を任せないかぎり部下の成長はありません。そのうちに,心配しながら部下の仕事を見守ることがリーダーの役割であることに気づきはじめますが,自分が長年担当してきた仕事や顧客などはなかなか任せることができず,特に自分が開発した仕事やこだわりのある仕事の場合はなおさらです。
 権限委譲をしているつもりでもメンバーの仕事が気になり,いつのまにか過剰介入してしまうリーダーも多いようです。権限委譲とは部下を信頼し,大きく方向性が間違っていないかぎり任せて見守り,失敗したときは率先して対応することです。失敗やトラブルを恐れていては,権限委譲はできません。むしろトラブルからの迅速なリカバリーがリーダーの仕事であると割り切る必要があります。
 リーダー自身のためにも権限委譲を進めてください。リーダーの仕事は“未来を創造すること”です。部下や若手に仕事を任せるのは,部下を成長させるためだけでなく,自分が新たな市場開拓や顧客開発などの“未来を創造する仕事”に取り組む時間

をつくるためです。メンバーが仕事の7割を遂行できるようになったら,勇気を持って仕事を任せるようにしましょう。チームマネジメントは,仕事をメンバーに任せるところから始まります。
 選択肢@の配置転換はメンバーからの信頼を損ねる恐れがあります。選択肢Bの説得は抜本的な解決策とはいえません。選択肢Cの標準化によって誰もが高レベルで業務遂行できるようにする必要があるのは事実ですが,メンバーの信頼を得ることに直結しません。勇気を持って仕事を任せる選択肢Aが,最も効果の高い解決策になります。

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