5.否定的に考える習慣


◆当社で対応するのは難しい

 小森さんはマンションデベロッパーの企画開発チームのリーダーです。都心や郊外の土地,工場などの跡地を再開発してマンションや商業施設の開発をしてきました。現在,開発の打診が来ているのは,海辺に近い高台の土地です。首都圏に直結する鉄道の駅からも近く,眺望もよいので即日完売できる物件を企画できそうです。
 しかし,開発するにあたって1つだけ条件がありました。その土地は水産加工会社の社員寮があった土地で,会社のオーナーがマンションの一部に小さな水族館をつくり,近隣住民に無料で開放したい,とのことでした。水族館もいっしょにつくることが開発の条件です。水族館の維持費などは水産加工会社が負担するそうです。
 メンバーたちは「おもしろそうだからやってみましょう」と言いましたが,小森さんは「これは無理だ。当社で対応するのは難しい」と即座に否定しました。「かつて小さな美術館をつくることになった。美術館など簡単なものだと思って引き受けたが,美術品を傷めないための素材や施工方法,収納庫の設計,特殊な空調などわからないことが多く,結局大変な赤字工事になってしまったことがある。水族館部分だけ切り離してほかの会社に引き受けてもらうように交渉しよう」と言いました。
 するとメンバーの1人が「水族館との一体開発が条件なので,断るとほかの会社に売却することになる,と担当の方が言っていました。それに,美術館の失敗はずいぶん昔のことなのですよね。何か方法はないのですか」と質問しました。小森さんはどのような対応をすればよいのか,以下の4つの選択肢から最も適切だと思うものを1つ選び,その理由を説明してください。


 選択肢 

@ 自身の経験を優先し,当社の不得意分野でもあるので受注は回避すべき
  とメンバーを説得する
A 水族館部分を切り離して受注できるよう,オーナーと交渉をする
B 水族館部分も住居に変更することで土地代金を多く支払えることを伝え
  説得する
C 否定的に考えず,前提条件を変え,会社もオーナーもともに満足できる
  水族館の計画を検討する


 考え方のヒント 

 経験にとらわれ否定的に考えず,可能性を広げることの重要性についての問題です。わたしたちは仕事の経験から多くのことを学びます。経験を通じて知識を学ぶだけでなく,対処の仕方や成果を出すために必要な要素,リスクについての対応方法なども身につけていきます。このように仕事の体験を通じて学んだことを“マイセオリー”といいます。“マイセオリー”が多い人ほど仕事ができる,といってもよいでしょう。
 半面,経験が豊富になり専門的な知識が増えると,新たな仕事ではまず否定的に考えることが多くなってきます。否定までしなくても,「これは難しい」とリスクをとり,慎重に考えるようになります。経験と知識が豊富になれば,失敗せず,効率的な手段を選ぼうとするため,自然なことであるといえます。
 しかし,まず否定的に考える姿勢は,新たな可能性の機会を逃すことにもなります。また,若いメンバーの柔軟な発想を受け入れず,彼らのモチベーションを下げることにもなります。図表5のように,否定から入らず前提条件を変えれば,新たな可能性が大きく広がるかもしれません。

 リーダーには,豊富な経験から得られた判断力だけでなく,広い視野と柔軟な思考で前向きに可能性を広げることができることも求められます。さらに「難しいかもしれないが,可能性があるなら挑戦してみよう」,とメンバー全員のモチベーションを高めることも重要です。

 選択肢@の「受注を回避すべき」と説得することは,仕事を失うばかりでなく,新たな分野へ挑戦することを最初から放棄していることになり,メンバーのやる気も失わせるので不適切です。選択肢AとBはオーナーと交渉することになっていますが,いずれの交渉も自分たちの視点,立場からの交渉でオーナーの意向を考慮し,可能性を広げるものになっていないので,不適切です。選択肢Cは,前提条件を変えオーナーが満足する,すなわち可能性を広げようとしているので適切です。

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