事例2 行動のわりに成果が伴わないリーダー


 大分克太は,計器類を製造販売するM社のお客様センターのリーダーである。
 センターは顧客課に属し,リーダーの大分以下5人の仕事は,営業や代理店が販売した商品に関する問い合わせや苦情などに対するお客様への対応窓口であるとともに,お客様の要望を関係部署の担当者に伝え,必要な対処を依頼することである。
 最近センターでは,自社の製品ラインナップが増えたこともあって,技術的問い合わせのほか,営業時の説明不足などによる問い合わせが急増しており,メンバーはそれぞれに努力しているものの,お客様への対応が雑になったり,社内連絡が遅れたりといった事態が多発していた。このままでは大きな問題を生じかねないと感じていた大分は,この状況を改善するのは自分の役割だと考えた。
 そこで『業務分担の細分化』『顧客対応業務の営業・技術への一部移管』『顧客データ管理システムの一部変更』の3点を改善策案としてまとめ,上司である課長だけでなく,情報システム部などの関係部署にも説明を聞いてもらい,改善の方向性についてのおおまかな了承を得た。
 これをふまえ,さっそくセンターの中心メンバーである長崎,佐賀,福岡の3名を集め,自らの方針を説明した。それに対し最初に口を開いたのは長崎だった。
 「大分リーダー,良い案だと思いますよ。僕も最近の仕事状況については正直何とかして欲しいと思っていたところです。経験豊富なリーダーが考えて出した結論ですから間違いはないでしょう。仕事もラクになりそうだし,ぜひ実行して欲しいですね。でも,何か別の問題が起こるようなことはないんでしょうか?」
 顧客管理システムに関わっている佐賀は「私もシステムの部分変更の必要性を感じています。ただ,リーダーの案は妥当だとは思いますが,いまのシステムをまだ十分活用しきれていない状況もあって,いますぐのシステム変更は十分慎重にしなければならないと思います」
 佐賀も,長崎と同様,基本的には賛成だが,専門家としての自負からいろいろ意見を言っておきたいのだろうと感じた大分は,「君たちの考えはわかった。十分注意しながら実行すればよいというわけだね。ところで,福岡君はどうかな」ともう一人に水を向けた。
 「リーダーの言うことはよくわかります。ただ,チーム力の発揮や各人の意欲を考えると,そこまで仕事を細分化して大丈夫なんでしょうか。お客様への影響もありそうですし……」
 「それはわかるが,いまの時代,変革には多少の問題はつきものだよ。良いことは積極的に実行すべきじゃないのかな」と大分が言うと,「そう言われると返す言葉もありませんが」と引き下がったが,3人とも何か奥歯にものの詰まったような表情を見せながら口をそろえて,もう一度課長とよく話し合ってもらうのがいいのでは,と言うのだった。
 長崎らがそこまで言うので,大分は改めて3人の話を課長に話すと,「その前に」と言って,了承済みのはずの課長からは思いがけない言葉が返って来た。
 「実は情報システム部から,先日は了解したがもう少し慎重に考えたいと言ってきているんだ。いまさら,と言ったんだが『反対しているわけではないが,少し時間をかけて検討したい』と重ねて言うばかりでね。確かに,現状のシステムの活用状況だとか効果についてはもう少し検討を重ねる必要があるような気もするし,それに職場内への影響をどう見ているのか,実際に作業に関わるメンバーの意見もよく聞いてみることも大事じゃないかと思うんだ。君のアイデアはとても良い案だと思うが,指摘されたことにも一理あるので,もう少し2人で検討してみようじゃないか」
 課長の言葉に大分は,難くせをつけられて先延ばしにされてしまうのではと感じたが,その後は案の定,課長から打ち合わせようというような声はかからなかった。
 そんなとき部長と話す機会があり,大分は思い切って改善提案の件をおおまかに説明し,課長がなかなか動いてくれないと不満も伝えると,部長からは「課長にもいろいろ考えがあるのだと思うが,君のように強い改善意欲を持つことは素晴らしいことなのだから,積極的に働きかけて頑張ってほしいね」と励まされた。
 部長が支援してくれそうだと気を強くした大分は,いっこうに話し合いの声をかける様子のない課長を待たず,独自にすすめていくことに決め,再度3人を呼んで,部長の支援が得られそうだと伝えたうえで,実行スケジュールを打ち合わせようと切り出したが,3人の反応は冷ややかだった。
 「えー,課長のOKなしで,なんて無理ですよ」
 「リーダーにはこの間,あれだけ言ったのに,わかってくれてなかったんですね」
 「あの原案通り実行するんですか? やれと言われればやりますけど……」

 自分の改善提案を実行に移す際に手足となってもらわなければならない3人が,揃ってこの案に協力的でないことが大分にはよくわかった。自分が考え抜いてまとめた改善提案が宙に浮いていくような気がして,大分は3人に対して腹が立ってきた。

 解 説 ―― 解決策のヒント


 リーダーシップに唯一の正解はありません。事例や設問をもとに,原則に沿ったより良い対処のあり方や考え方を学んでいってください。

設問1
リーダーとしての好ましい言動
 まず,お客様への対応が雑になってきていることや社内連絡の遅れに対して「この状況を改善するのは自分の役割だと思った」としています。これには,職場の問題を見て見ぬふりをせず,当事者意識を持って問題解決に自ら取り組んでいこうとする主体性や,難しい問題に対する果敢な挑戦意欲がうかがえ,部下はこういったリーダーの姿勢を「頼もしい」と感じます。自分を守ることよりも集団の利益を考える人であると感じるのです。
 次に,3つの改善案を自分なりにつくっています。単なる問題提起に終わったり,メンバー任せにしたりせず,企画・計画段階では自ら最後まで検討して改善策を案としてまとめていることには,掛け声だけのリーダーシップではなく,具体的な計画を持ってしっかりと問題を解決していこうとする姿勢が感じられます。これによって,案を示されたメンバーは,具体的な行動を検討することができます。
 また「上司である課長だけでなく,情報システム部などの関係部署にも聞いてもらい」というように,自ら案をまとめるだけでなく,その実行に際して了解をとっておくべき上司や関係部署に対しても自ら説明していったことには,大分の積極さや,現実的な手堅さが感じられます。これも,メンバーには積極的で頼もしいリーダーであると映るでしょう。リーダーにはメンバーに求める態度を自ら示していく必要があることは言うまでもありません。
 さらに,関係部署や課長の了承が滞りそうだと見るや,機会のあったのを幸いに,部長に対して直接,訴えます。それに対して部長は,漠然とした言葉ではあるものの,大分に励ましの言葉を掛けてくれます。まさに大分の積極さや追求力が見える場面です。追求力とは,困難にあっても引き下がらず,自分が立てた目標や目的は達成するまであきらめない,望ましい執着心といえます。事例文の端々にもこのような大分のパワーが感じられます。
 そして最後には,部長の励ましをもとに「独自にすすめていこう」と決めます。これも主体性の表れであり,状況対処への積極さと言ってもいいでしょう。
 これらをまとめると,大分はリーダーに必要な主体性を十分に持っているといえそうです。主体性は『仕事の遂行や対人関係のより良い状態の実現に向けて,自らが自発的に働きかけていく態度であり,自らを状況への対処の主役とおく当事者意識を持って,たとえ失敗してもその非難は甘んじて自分が受けるという覚悟を持った態度』と表すことができます。こういった態度から,仕事に対する責任感や,新しいことに対するチャレンジ精神(果敢な挑戦姿勢)が生まれてきます。

主体性

仕事の遂行や対人関係のより良い状態の実現に向けて,自らが自発的に働きかけていく態度であり,自らを状況への対処の主役とおく当事者意識を持って,たとえ失敗してもその非難は甘んじて自分が受けるという覚悟を持った態度

 これこそがリーダーシップというべきものなのですが,大分は最終的な成果の実現が難しい状況に追い込まれてしまっています。リーダーとしての意識に問題のなさそうな大分が,なぜまわりの協力を得ることが難しくなってしまったのでしょうか? 設問2以降で確認していきたいと思います。

設問2
メンバーに対するリーダーの関わり方
 設問1では,大分のリーダーとしての良い点を確認しましたが,問題もあるようです。
 大分は,3人のメンバーに対して自らがまとめた案を説明しましたが,メンバーからは,決して手放しの同意が表されたわけではありませんでした。メンバーは案の賛否についての明言を避け,危惧する点を指摘しましたが,彼らは大分の案を否定するのではなく,より良い案にしようとする態度を示していることから,大分と3人の間には良い人間関係ができていたといえそうです。
 しかし,彼らに対する「変革には多少の問題がつきものだよ」という言葉は,決めつけ的で,論理的な返答に窮して感覚的に相手をごまかすというような印象を与える恐れがあります。こういった言動は,せっかくの人間関係を壊すきっかけになりかねません。
 どのような企画案にも反論や批判はあるものです。そういったネガティブな意見でも,それをもとに最初の案を改善していくための切り口,あるいはヒントになるはずです。大分は,そのチャンスを自ら捨ててしまったのかもしれません。
 大分が自らの案をまとめる際には少なくとも,佐賀が指摘する「いまのシステムもまだ十分活用しきれていない現状」という情報が欠落していたように思われます。改善にしても,新たな課題を切り開いていこうとするにも,また,どのような行動をすべきかという対策構築の際にも,現状についての正確な情報が不可欠です。現状把握が間違っていたとしたら適切な対策案は生まれようがないからです。
 大分は,事実を正確に把握してより良い案づくりに向けた検討を深めていくため,3人に現状を確認したり意見を聞いたりするなど,事前に相談すべきだったでしょう。『リーダーはメンバーを通じて成果を出す人』ということを忘れ,すべてを自分でやってしまうのであれば,組織力を活かすことはできません。そのためにも,話し合う態度を十分に表すことに加え,効果的な話し合いにするための具体的な内容をもって,議論をすすめなければなりません。

設問3
リーダーシップ上のメンバーへの悪影響
 まず,どのような状況であっても,直属の上司を飛び越えた“直訴”は一般的に好ましくないといえます。ただし“一般的には”と言ったのは,あえて頭越しの直訴をした場合でも,前後の状況から“素晴らしい行いであった”と評価されるケースも実際にはあるからです。しかし,大分が部長に直接話したことは,課長が気分を害する恐れがあり,リーダーとしては,そのようなリスクに対する想像力をしっかりと持っておきたいものです。
 それとともに,この問題にはリーダーシップ上のメンバーへの悪影響という要素が含まれています。大分は,課長を飛び越えて部長に話をし,良い返事をもらったとメンバーに話しています。これを聞いたメンバーはどう思ったでしょうか? 単純に「それはよかった,頼もしい味方ができた」と感じた者もいたかもしれませんが,問題なのはメンバーが「今回のような頭越しの訴えは許されるんだ」と安易に思ってしまうことです。もちろん,頭越しの訴えが評価される場合もあることながら,一般的には頭を越された上司にとっては不愉快なことであり,行き過ぎれば職場の秩序を乱すことにもなりかねません。大分の行動はそういったことへの配慮を欠いたものであるといえそうです。
 メンバーはリーダーの言動を常に見ており,それによって良くも悪くも影響を受けています。リーダーは良い結果につながるよう常日頃の言動に注意していくことが大切です。

設問4
リーダーとしての思考面の問題
 良いリーダーをひとことで言えば“成果をあげるリーダー”といえます。そのため,リーダーとしての思考や発言には多面的な検討による確実さや慎重さが必要です。
 大分は,3人のメンバーから強引だと指摘され,情報システム部からはもっと慎重に考えたいというメッセージを受けました。これらのことから,大分の案やすすめ方には不十分な点があったことが想像できます。この原因は大分の思考の確実さ・慎重さの不足でしょう。
 確実さについては,改善案の検討にあたってメンバーの意見を聞いていないなど,現状の事実情報の把握が不十分だったことです。また慎重さについては,自案に対する反論を聞き入れようとせずに,なんとかそのままの内容で押し切ろうという過信が表れている点です。確実さの確保には,豊富な情報収集と事実をありのままに受け止める姿勢が必要であり,慎重さを期すには,自らの考えに不足があったり何か別の問題が起こるかもしれないといったリスクに対する発想が必要です。大分にはこの両面への考慮が不足していたようです。
 ただし,人の思考力は完璧ではなく,うっかり思い違いをしてしまうものです。そのため,他者の指摘に耳を傾け,他者の反論を受け止めながら,それをもとに内容を改良していくというような懐の深さが大事です。他者の反論こそ,自己の成功を導く要素といっても過言ではありません。他者の批判を受け止める謙虚さや,自らの考えを自ら批判しながら改善していくような慎重さを持ちたいものです。

思考の要点

確実さ

豊富な情報収集とありのままの受け止め

慎重さ

リスク発想を持って,他者の反論を受け止め,自ら批判する

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