1.リーダーはなぜ『孫子』を学ぶのか

 2020年に予期せずパンデミックとなってしまった新型コロナウイルスは,私たちの生活様式に大いなる変化をもたらし,VUCA(Volatility;変動性,Uncertainty;不確実性,Complexity;複雑性,Ambiguity;曖昧性)な時代に,より拍車をかける形となりました。そのような現代において,巷間のビジネスリーダーたちの間には,古典回帰への志向が高まっているように感じます。おそらく,何をもって正解とするのかがわからない不透明な時代に,彼らは「温故知新」の考え方に沿って,最適解への手がかりをそこに見出そうとしているのでしょう。

 『孫子』とは何か?

 私は,ビジネスコーチという仕事をしています。クライアントには,経営者や企業の管理職の方々が多いのですが,時折,古典の一部を自身のモットーにしていたり,会話の中に古典を引用したりする方に出会います。その古典の中でよく耳にするのが,これから紹介する『孫子』です。果たして『孫子』は,経営者や管理職といったビジネスリーダーたちにどのような影響を与えているのでしょうか。
 『孫子』は2,500年程前の中国(春秋時代)において,武将・軍事思想家であった孫武による兵法書であり,一般に「孫子」とか「孫子の兵法」と呼ばれています。軍事的な思想や哲学,戦略・戦術を記したもので,以下の13篇から構成されています。


 時代や地域を超えて読み継がれる理由

 この『孫子』は,兵法書でありながら,時代を超え,地域を超え,数多くのリーダーたちに読み継がれているわけですが,その理由は一体どこにあるのでしょうか。私なりの解釈になりますが,それは以下の2点に集約できます。
@ 表記が極めて端的に,かつ,抽象化されている
 『孫子』には,具体的な事例や固有の地名・人物名などはなく,表記が端的に,かつ抽象化されています。ゆえに,さまざまな時代のリーダーたちは,自身の置かれている環境や立場に立脚した読み方,応用の仕方ができるのではないでしょうか。
 例えば,戦国武将の武田信玄は,『孫子』から「風林火山」の四文字を借用して旗印にしていたり,ソフトバンクグループの孫正義会長が『孫子』を座右の書としていたりすることはよく知られている話です。
A 戦略・戦術面が,人間心理の本質を突いている
 『孫子』に記述されている戦略・戦術面は,実は人間心理に対する深い洞察にもとづいています。当然のことながら,組織活動において“人”は財産となります。リーダーが組織を運営していくにあたり,所属メンバーの心理に着目することは,ある意味,当然のことなのかもしれません。

 『孫子』とコーチングの融合

 私の専門分野は「コーチング」というコミュニケーションの技術となりますが,近年では『孫子』に対する関心から,国際コーチング連盟(ICF)が定めるコア・コンピテンシー(能力要件)と『孫子』の理論を融合させたリーダーシップのあり方を探究しています。参考までに,ICFが定めるコア・コンピテンシーには,いわゆる「プロフェッショナルコーチのあり方」が記載されており,具体的には以下の4つのカテゴリーがあります。

 A.基盤を整える

 B.関係を共に築く

 C.効果的なコミュニケーション

 D.学習と成長を育む

 この4つのカテゴリーは,「プロフェッショナルコーチのあり方」を定めつつも,私は「リーダーのあり方」としても十分に応用できる内容であると考えており,さらにいえば,このA〜Dの順番を意識して行動することが,「一緒に働きたい」と思われるリーダーになるための必要不可欠な要件であると考えています。
 そこで,ここでは,このコア・コンピテンシーを根底に置きつつ,『孫子』の一節を出発点とし,それがリーダーシップのあり方やマネジメント方法にどう結びつくのかということを具体的に紹介したいと思います。

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