1 コーチングとは何か

◆ コーチングとは?

 コーチング,あるいはコーチという言葉を聞いて,野球などスポーツのコーチを思い浮かべる人は多いのではないかと思います。もともとコーチ(coach)とは,15世紀ごろからつくられるようになった箱型の大型四輪馬車のことをいい,「人を現在地から目的地まで運んでくれる」ことから,スポーツ選手をいまの技術レベルから目標とするレベルまで引き上げるための技術指導を行う人をコーチと呼ぶようになったといわれています(図表1)。
 コーチングは,1970年代にアメリカで生まれたといわれており,日本には1997年に導入されてからコーチ養成機関が多数設立されるようになりました。したがってコーチングの定義は機関によってもさまざまであり特に定まったものはありませんが,このテキストでは,「コーチングとは,一方的に指導したり教えたりすることではなく,相手の目標達成を実現するために,双方向のコミュニケーションを通じて,相手の目標達成に必要なスキルや知識への気づきを促し,相手の持つ潜在能力や可能性を引き出して,自発的行動を起こすことを支援すること」と定義します。

 またコーチングにおいては,一般的にコーチングを受ける側を「クライアント」と称しています。つまり,コーチとクライアントとの関係はあくまでも対等であり,信頼関係とお互いを尊重する気持ちが求められるといえるでしょう。

◆ いま,なぜコーチングが求められるのか

 戦後,経済の高度成長を成し遂げた日本も,1990年代に入るとバブル経済の崩壊によって右肩上がりの経済成長が終焉するとともに,終身雇用制や年功序列型といった日本的雇用慣行にもそのマイナス面が目立ちはじめてきました。一方,インターネットの普及などIT化や経済のグローバル化が進展し,規制緩和や人々の価値観・ライフスタイルの多様化がすすみ,企業もこれまでの経営手法では生き残ることが難しい時代となってきました。
 高度成長期のようなある程度将来を予測できた時代では,企業も定められたレールの上をひたすら走ることで成果を上げることができたのです。しかし,先行きが不透明な時代では,変化とスピードに対応できる柔軟な経営システムが求められるようになったのです。
 また従来の経営や雇用のシステムの中では,社員は会社や上司の指示・命令のもとで与えられた業務を忠実にこなしていればよかったのですが,IT化,価値観の多様化,グローバル化といった新しい時代に対応するためには,自発的に考え,判断し,行動する自立した社員が必要になってきました。
 しかし,従来型の画一的な教育システムやマネジメントではこうした社員を育てることは難しく,新しい人材育成の手段として,またマネジメントスタイルとしてのコーチングの考え方が取り入れられるようになったのです。

◆ 誰がどのようにコーチングを学んだらいいのか

 コーチングは,プロのコーチを育成するための「コーチ養成機関」が存在することからもわかるように,本来専門的な技能でありコーチのプロとしての専門職の一つです。しかし,この特集は,みなさんをプロのコーチとして養成するためのものではなく,企業という組織の中でコーチングのコンセプトやエッセンスを学んでいただいて,日ごろのマネジメントやビジネスに役立てていただくことが目的です。
 管理職あるいはリーダー的な立場の方が,部下や後輩を指導したり育てたりする際にコーチングの考え方やさまざまなスキルを活用していただければ幸いです。

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