
|

|
◆ 遅い脳と速い脳
大人と子供がトランプなどで神経衰弱をやると,なぜか大人が大負けすることがあります。大人はどのカードをめくったか何がこれまで出てきたのかを一つひとつ記憶していくのに対して,子供はランダムにカードをめくりながらこのあたりはとんがってるとか黒っぽい感じだとか全体をイメージでとらえるようです。最初はコツコツと大人がカードをとっていくものの,最後のほうで子供がいきなり立て続けにカードをとって勝ってしまうというようなことになります。
何が起こっているのかというと,大人は左脳を使ってマス目を埋めるように論理的に情報を整理するのに対して,子供は右脳を使って全体をざっくりとイメージでとらえて直感でカードを当てにいっているのでしょう。
ノーベル賞を受賞した経済学者のダニエル・カーネマンは,著書『ファスト&スロー』で,論理思考を遅い脳,直感思考を速い脳として説明しました。かいつまんで言うと,論理思考は正確だが時間がかかる,直感は不確かなところはあるが速い,ということです。このように二つの思考法には一長一短があるので,論理的思考も直感的思考も使えるようにしておいて,状況に応じて適切に使い分けることができるようになることが望ましい姿です。とまれ,論理的思考法はトレーニングしないと身につかないところがあります。この特集では,演習やケース問題などのエクササイズを出題しています。読者の皆様の論理力鍛錬の一助となれば幸いです。
|
|
|
まず先に,ささっと処理する 簡単な計算(反応処理) 距離感の把握(視覚情報) 音源の察知(聴覚情報) |
|
よく考えないといけない時に作動 何かを思い出す(記憶アクセス) 何かを作成する(情報の統合) 何かを探し出す(情報の選別) |
|
|
速くて,並列的に処理できるが,単純 な作業しかできない |
|
複雑な作業ができるが,処理速度は遅 く,並列的に処理できない |
|
|
速い脳への先行する刺激が,遅い脳の 意思決定に影響を与える |
|
遅い脳の処理情報が増えてくると,判 断に迷い意思決定できなくなる |
|
|
◆ 経験と直感
以前ドラッカーを読んでいて,「経験と直感を定量化するために分析と統計がある」という件に妙に納得したことを憶えています。なるほど,経験則を理論化し直感の妥当性を検証するために分析や統計解析があるのだと,自分なりに解釈したのですが,実際の現場では経験則が有効である場面は多いものです。ただし,賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶという言葉もあるとおり,経験から何らかの法則性や汎用性を見出して,違う場面でも使える知恵とすることが大切です。それがドラッカーのいう「経験を定量化するための分析」なのでしょう。
また,緊急事態にあたっては直感がよく当たるのも事実であり,特に経営者の「勘どころ」は案外的を射ているものです。それを事後に学者や評論家などが「統計」により傾向値や確率として示し,法則化していくのでしょう。当然のことながら,このような「分析や統計」は論理的思考法により処理されるので,貴重な経験や直感を属人的スキルで暗黙知に終わらせないためにも,論理的思考法は大切なのです。
◆ 論理と感情
『話を聞かない男,地図が読めない女』という本がベストセラーになったことがありました。一般的に男性は論理的傾向が強く女性は感情的傾向が強いとされており,また男性は問題解決を求めるのに対し女性は共感を求めるともいわれています。社会学的にみれば,父系制社会では狩猟や戦争の目的達成のために,論理的に「問題解決」をすることが必要だったのでしょう。それに対し母系制社会では,共同体で子育てをするために協力関係を築く必要があり,感情を共有することが求められていたのかもしれません。
1960年代にユングの心理学をもとにしてアメリカで開発された,MBTI(Myers‐Briggs Type Indicator)という性格診断があります。以下の4つの軸で性向をスコアリングし,24=16のタイプ分けをするというものです。
|
|
@ 関心や精神活動の方向性(外向⇔内省)
A 情報収集方法,ものの把握の仕方(感覚・五感・事実⇔直観・第六感・洞 察)
B 判断の方法(感情・共感⇔思考・論理)
C 情報収集と判断のどちらを優先するか(情報収集・判断留保・柔軟⇔判 断・決断・硬直的)
|
|

|
WEB上で簡易な診断ができるサイトもあるので,ご興味のある方はお試しください。ここでは,A情報収集方法,ものの把握の仕方とB判断の方法の2軸で切ったタイプ別の特徴をあげておきます。ちなみに筆者が行った研修では,銀行は「論理・事実」,広告代理店は「直観・感情」のタイプが多かったように記憶しています。
|
|
◆ さまざまな論理的思考法
●演繹法 演繹法とは「われ惟うゆえにわれ在り」と唱えたデカルトが完成させた論理的手法です。古くはアリストテレスが三段論法として論理学の基礎としました。演繹法は,大前提,小前提から結論を導く方法で,適切に用いれば確実な結論が得られます。
|
|
大前提:人間はみな死ぬ (A=C)
小前提:アリストテレスは人間である (B=A)
結 論:アリストテレスは死ぬ (∴B=C)
|
|
このように演繹法は,一般的原理から論理的に推論し結論として個々の事象を導くもので,前提が正しければ正しい結論に到達します。しかしこの例で,小前提のアリストテレスをキリストに置き換えることはできるのでしょうか。キリストは人間か神の子かで曖昧さを排除できなさそうです。また結論としても,キリストの復活についての解釈がその人の宗教的立場によって異なってくるかもしれません。
したがって演繹法では,前提となる条件は曖昧さを排除し,無謬性,明晰性の要件を満たすことが求められます。すべてにわたって例外なくだれであっても納得できる前提でなければ,演繹法は正しく使えず誤った結論を導くことになるのです。
●帰納法
帰納法とはF・ベーコンが確立した論理的思考方法です。多くの事例,個々の事象から事象間の因果関係を推論し,結論として一般的原理を導くものです。多くの証拠から,きっとこれは間違いないと確信して「蓋然性」を得るものであり,そういう意味では確率論的な論理的思考法であるということもできます。
|
|
事 象:『風の谷のナウシカ』は当たった(興行成績がよかった) A=X
『となりのトトロ』は当たった B=X
『天空の城ラピュタ』は当たった C=X
『崖の上のポニョ』は当たった D=X
『魔女の宅急便』は当たった E=X
『紅の豚』は当たった F=X
『千と千尋の神隠し』は当たった G=X
因果関係:これらの映画はみな「スタジオジブリ」の作品である (A:G)∪Y
結論(類推):「スタジオジブリ」の作品はすべて当たる ∴Y=X
|
|
この例で示した帰納法による結論には,納得性があり蓋然性があるともいえそうです。しかしもし仮に,この次の「スタジオジブリ」の作品が興行的に不発であればこの蓋然性は崩れることとなります。
そして帰納法では,因果関係の設定の仕方が重要になります。この例でいうと,因果関係を「これらの映画はすべて日本製アニメである」とした場合,結論は「日本製アニメはみんな当たる」ということになり納得性が低くなりそうです。統計解析の基本に「因果関係と相関関係を見誤らない」というのがありますが,帰納法においても因果関係を誤って設定しないように留意する必要があります。
●アナロジー
アナロジーは類似に注目する思考方法です。「AはBである」ということが真であり,「PはAに似ている」ならば,きっと「PはBであろう」という結論(類推)が成り立ちます。安直な結論づけは危険ですが,仮説としては有効です。
|
|
命題:女性の間でエクステ(つけ毛)が流行っている
類似:エクステと「つけまつげ」は似ている
結論:「つけまつげ」もきっと流行るだろう
|
|
もっとも,論理的思考法の基本は「事実と意見を分ける」ということであり,主張を受け取る相手が混乱しないように,何が事実で何が推論あるいは意見なのかを明確にして伝える必要があるでしょう。
●アブダクション
アブダクションとは,結論が先にあってその結論を理解するために仮定を使って新たな結論を導き出す推論法であり,演繹と帰納に次ぐ第三の論理的思考方法として注目されています。またアブダクションは,理解できない事柄を理解するために仮定を使いながら推論する「仮説的推論」であり,推論過程では人間の想像力や直感といった感性を使うという点が,演繹や帰納の論理的思考法と異なります。
それでは有名なホーソン実験の事例で考えてみましょう。
|
|
事実(結論):いかなる労働条件下でも実験対象の労働者の生産性は向上した
仮説:実験対象に選ばれる,ということが労働者の意欲を高めたのではないか
結論(類推):自分は選ばれている,という意識が労働者の生産性を高める
|
|
ホーソン実験は,物理的環境変化によって労働者の生産性がどのように変化するかを観察した実験です。実験前は,物理的条件を悪化させた場合,被験者は不快感を覚えて生産性が低下するだろうと予想されていました。しかしながら,部屋の温度を下げたり照明を暗くしたりするなど物理的条件を不利にしても,当初の仮説に反して生産性があがったという事実から,上記のような結論(類推)を得たのです。
「雨が降った(降る)」「地面が濡れた(濡れている)」という要素を,演繹,帰納,アブダクションそれぞれの思考法で説明すると以下のようになります。それらの違いを考えてみましょう。それぞれのニュアンスの違いを感じ取ってください。
〔演繹〕
雨が降ると地面が濡れる→いま,雨が降っている→だから地面は濡れる
〔帰納〕
これまで雨が降ると地面が濡れていた→いま,雨が降っている→だから地面は濡れるだろう
〔アブダクション〕
地面が濡れている→雨が降ると地面が濡れる→だから雨が降ったに違いない
|
|

|

|