10.対話のある職場づくりの進め方

「対話」の意味を問い直す

 メンバーのモチベーションを高めて,チーム機能を維持するという目的で「対話」が大きな役割を果たします。専門家の見解を参考にして,対話という言葉の意味について再確認しておきましょう。

 対話とは,対等な立場において,実利を超えて価値観や信念に関わるテーマについて,双方向的に議論すること。双方向のコミュニケーションを通じて,自分と対立する相手の考えも受け入れ,互いに自己を変容しようとする会話。

 参考:「月刊先端教育2022年5月号」河野哲也(立教大学文学部教授)インタビュー記事をもとに筆者が編集

 私たちは社会生活や人間関係において,思いやり,配慮,察しなど,相手を気遣う姿勢や態度が求められます。一方,これらが対話の妨げになりえることも哲学者の中島義道氏は述べています。例えば,以下のような世間話の導入部がそうです。
 Aさん「今日はいいお天気ですねえ」
 Bさん「そうですねえ,しかし私は寒がりなので今日もマフラー持参ですよ」

 Bさんにとっては,決していいお天気ではないけれど,ここでは人間的な触れ合いの場を持つことが目的なので,この場合は大きな問題ではありません。

対話の基本姿勢


 ・人間関係が完全に対等であること
 ・言葉以外の事柄(脅しや身分の差など)によって縛られないこと
 ・相手にレッテルを貼る態度をやめて,1人の個人として見ること
 ・自分の人生の実感や体験を消去してではなく,むしろそれらを引きずって
  語り,聞き,判断をすること(何を語ったかだけでなく,誰が語ったかが
  重要なファクター)
 ・いかなる相手の質問や疑問も禁じてはならないこと
 ・いかなる相手の質問に対しても答えようと努力すること
 ・相手と見解が同じか違うかという二分法を避け,相手との些細な「違い」
  を大切にし,それを「発展」させること
 ・自分や相手の意見が途中で変わる可能性に対して,常に開かれていること
 ・それぞれの「対話」は独立であり,以前の「対話」でこんなことを言って
  いたから私とは同じ意見のはずだ,あるいは違う意見のはずだというよう
  な先入観を棄てること

参考:「<対話>のない社会 思いやりとやさしさが圧殺するもの」(中島義道著 PHP新書)をもとに筆者が編集

 一方,対話の基本姿勢は「相手との些細な“違い”を大切にし,それを“発展”させること」なので,Bさんの言葉を対話風に変えた場合,次のようになります。
 Bさん「いい天気とは,つまりどのような判断や評価によるものでしょうか。私はいつもどおり寒く感じるので,今日がいい天気とは思わないのですが」
 となり,2人の会話がかみ合わないばかりか,その後の2人の関係性もギクシャクしそうです。では,本音の対話ができる職場づくりを目指すと,メンバーとの関係性に軋轢が生じることになるのでしょうか。その可能性は大いにありますが,それは対話を成立させるための前提条件が職場に備わっていないからだともいえます。

対話を成立させる前提条件

 対話を成立させて,実りある議論に発展させるには,双方が相手を尊敬し,信頼を置く関係性が築かれていなければなりません。

尊敬(respect:リスペクト)
 →人にはそれぞれに年齢・性別・職業・役割・趣味などの違いがあっても,
  人間の尊厳には違いがないことを受け入れ,礼節をもって接すること
信頼(trust:トラスト)
 →常に相手の行動の背後にある善意を見つけようとすること。根拠を求めず
  無条件に信じること。行為とそれをした人を分けて捉えること

 相手への「尊敬」は,立場の差に縛られず,対等な立場において,自分と対立する相手の考えも受け入れるために必要です。リーダーは,自分に従い支援する人たち(フォロワー)がいなければリーダーたりえず,信頼関係がない限り,フォロワーも生まれません。相互尊敬相互信頼がある状態ではじめて,対話のある職場づくりが目指せるのです。
 相互尊敬と相互信頼がある環境では,職場に対して安心感が得られます。何でも安心して話せる人間関係と職場の雰囲気(心理的安全性という)が,1人ひとりのエンゲージメントを高め,新しい取り組みにチャレンジする意欲を高めます。メンバーが仕事を通じて得られる能力向上,仕事の達成,成長実感という「見えない報酬」を得るには,チャレンジできる職場環境をリーダーが整えなければなりません。それによってメンバーが見えない報酬を手に入れると,さらに「この仕事で,このメンバーで,何かを成し遂げたい」と考えるようになり,チーム内に好循環が生まれます。

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