3.メンバーが求める「見えない報酬」

未来に向けてポジティブな思考を引き出すもの

 職場で「やる気や意欲が湧いた」「士気が高まった」という体験があった場合,それは何によってもたらされたのでしょうか。やる気,意欲,士気が高まったとすれば,そこには何らかの作用があったはずです。その作用を「見えない報酬」という言葉で表現することがあり,多摩大学大学院名誉教授の田坂広志氏(シンクタンク・ソフィアバンク代表)は,見えない報酬について次のように述べています。

見えない報酬の3要素


 「能力」
  ・一生懸命に仕事をすると,職業人としての「能力」が身につく
  ・良い仕事を残そうとする努力を通じて,職業人としての「能力」が磨か
   れる
 「仕事」
  ・一生懸命に仕事をすると,良い「仕事」を残すことができる
  ・職業人としての能力を磨くことによって,優れた「仕事」を残すことが
   できる
 「成長」
  ・一生懸命に仕事をすると,人間として成長できる
  ・仕事の困難と悪戦苦闘し,仕事の仲間と切磋琢磨することによって,
   1人の人間として「成長」していくことができる

出典:『仕事の報酬とは何か 人間成長をめざして』田坂広志(PHP文庫)

 このように,見えない報酬とは,充足感や達成感,成長実感といったプラスの感情をもたらすものであり,「できる」「やれる」「やりたい」といった,未来へ向けてポジティブな思考を引き出す特徴があります。同時に,やる気の持続性が高く,自ら仕事に意味付けして価値を見出すことにより,内面からやる気が自然と湧き出し,前向きな姿勢で仕事と向き合えるようになるのです。
 一方,「見える仕事の報酬」とは給料や役職であり,あるいは,上司から評価される,周囲から称賛されるといった状況が当てはまるでしょう。これらは,見えない報酬に比べてやる気の持続性が低く,やる気を得るために,さらなる見える報酬を求めるようになります。しかし,いくら見える報酬を求めても,それは主に他者の評価によって与えられるものであるため,自分の期待どおりにはいきません。

「貢献感」も見えない報酬の1つ

 職場ではさまざまな職種や仕事の性質があります。ときには,なぜ無意味な作業をする必要があるのかと思うこともあるでしょう。しかし,適正な作業であれば,そのすべ

てが自社製品やサービスの質・価値を高め,最終的にお客様の望みに応えることになります。これらを職場の共通認識とし,メンバーが求める見えない報酬とお客様の要望につなげることにより,仕事に対する貢献意欲が湧き,困難な仕事にも前向きになれるのです。

私が得た「見えない報酬」
 私は,学校を卒業し建設会社に就職しました。専門は土木,概ね建物の基礎工事や下水道工事の現場に配属されました。これらの工事は,地下構造物であるがゆえに,完成すれば地面の下に埋まります。私が建設会社を選択した理由は,「地図に残る仕事がしたい」でした。一方,成し遂げた仕事の作品は,橋やトンネル,テーマパークなどのように華やかな景観を備えることはありません。工事は荒天対策や近隣要求に応じることを余儀なくされる大変厳しいものだったので,達成感が得られず,やる気が低下した時期もありました。その当時のことです。
 下水道工事の期間中,近隣で一軒家の新築工事が進んでいて,下水道工事の終了と同時期にその一軒家も完成し,ご家族の引っ越しも終わりました。ある日の夕方,私は現場の点検でそのお宅の前を通りかかったとき,照明のあたるリビングでテーブルを囲むご家族や,キッチンで洗い物をしているだろうお母さんが,大きな窓から見えたのです。私は「あのキッチンと,自分が手掛けた下水道はつながっている」と気づきました。少々おおげさですが,この一家の幸せと豊かな暮らしに「自分の仕事が役立った」と思えたのです。そのときの情景と,なんともいえない達成感や貢献感を今も覚えています。私にとっての「見えない報酬」を得た瞬間でした。

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