1.「上からの指示だから仕方がない」で部下は納得してくれるか

 Aさんが清涼飲料を中心とした自販機の設計・開発担当の管理職になって5年が経とうとしています。自社の清涼飲料の自販機シェアは高く,多くの飲料メーカー用に自販機の開発・製造を担当しています。Aさん自身,省エネで災害時には被災者に無料で飲料を提供できる自販機の開発に携わったので,この経験を部下たちにも伝え,環境に優しく社会にも貢献する新しい自販機開発に活かすつもりでした。
 ところが,会社の上層部から新たな飲料用自販機の開発を当面ストップするように,との指示がありました。感染症の拡大で自販機による飲料販売が低迷し,自販機の販売も大きく落ち込んだためです。その結果,災害時に緊急通報ができる自販機の開発を中止し,他部門の開発支援を行うことになりました。
 部下の中には「社会に役立つ製品だから開発を継続したい」と強く主張する者もいましたが,Aさんは「上からの指示だから仕方がない」といってその部下を説得しました。また,「清涼飲料以外でも自販機の可能性を広げる分野はあるので,会社に提案したい」といってくる部下もいました。しかし,組織の一員としては会社の方針に従うことが最重要と考え,Aさんは部下の企画を上層部に提案しませんでした。
 開発支援を行っている部門とはトラブルが絶えず,部下から不満が出ても「会社の方針だから対応してほしい」と説得しました。そのため,部下から面と向かって「リーダーの考えがわからない」「リーダーは何をしたいのですか」と問われることもあります。この状態を改善するために,Aさんはどのように対応すればよいでしょうか。

選択肢


 @ 会社の方針を受け入れることが組織人として求められていることを強
   調して説得を続ける
 A やりたいことが会社や部門の方針と異なる場合は異動してもかまわな
   いという
 B 会社の方針は環境によって変わるものだから我慢してほしいと説得す
   る
 C リーダー自身が本当にやりたいことをメンバーに話し,いつか実現し
   たいので状況が変化したときは協力してほしいと伝える




 この事例のリーダーは会社の方針に従ってチーム運営をしようとしていますが,メンバーからは信頼を得ていません。それはなぜでしょうか。リーダーシップが発揮されていないからです。
 一般に,リーダーシップとは,チームのメンバーを決まった方向にグイグイと引っぱって行くことと思われがちです。しかし,それはリーダーシップの1つの側面に過ぎません。サーバントリーダーシップという,メンバーが働きやすいように,能力を発揮しやすいように支援する,環境を整えるリーダーシップのスタイルもあります。
 リーダーシップは,リーダーとフォロワー,すなわちリーダーに従う人たちがリー

ダーの行動や発言を見て,それをどう意味付けるかという過程で生まれるものです。リーダーの性質などではなく,リーダーとフォロワーの相互のやりとりの中で育まれていくものなのです。

 このリーダーが真っ先に対処すべきは,自分自身のやりたいこと,将来像すなわちビジョンを明確に伝え,メンバーの共感を得ることです。そうすれば「このリーダーはこんなことに取り組みたいのか」と共感が得られるはずです。環境変化への対応で会社の方針が変わり,リーダーが取り組みたい,実現したいことができなくなったとしても,いつかそのビジョンを実現しようと挑戦する,あきらめない姿勢があれば,メンバーからの信頼も得られるはずです。
 選択肢@の会社の方針を受け入れることが組織人として求められていることは間違いないのですが,この説得だけではメンバーから信頼を得られません。選択肢Aはさらに信頼を失う行動です。選択肢Bの日和見的な発言では信頼を得ることは難しいでしょう。選択肢Cがメンバーの信頼を得て,チームを1つにする行動だといえます。

表紙へ戻る

Page 1.

Go to Page 2.

 

 

目次へ戻る