儲かる仕組みを研ぎ澄ますには

◆ 「儲ける」と「仕組み」の真意

 みなさんは「儲かる仕組み」と聞くと,どのようなイメージを抱くでしょうか。巷には「絶対に儲かる」といった怪しい謳い文句が跋扈しており,「儲ける」という言葉に,なんとなく後ろめたいイメージを持っている人がいるかもしれません。しかし,渋沢栄一が著書『論語と算盤』で説いているとおり,正当な付加価値の対価として得る利益はけっして悪いものではなく,世の中を豊かにするものです。一方で,「仕組み」とは,「誰がいつ何回やっても同じ成果が得られる構造」を指します。
 「儲かる仕組み」はあらゆる営利企業が内包しているもので,このメカニズムがあるからこそ,企業は存続し,雇用が生まれ,多くの人の暮らしが成り立っています。しかし,技術の発展や企業の盛衰は日々起こっており,今日儲かる仕組みが,明日も儲かるとは限りません。仕組みを研ぎ澄まし,付加価値を生み出しつづける取り組みが求められるのです。

◆ 儲かる仕組みの条件

 儲かるためには,他社との競争に勝ち,顧客に選ばれる必要があります。選ばれるということは,他社商品とは違う何かがあるということです。一見,上述の「仕組み」と矛盾するように思われるかもしれませんが,マイケル・E・ポーターは企業活

動における付加価値の連鎖をバリューチェーンと呼び,各要素において差別化を図ったり,効率を上げたりすることで,企業の競争優位は確立すると提唱しています。
 各企業がどのような「仕組み」を積み上げるか,個々の仕組みをどれだけ効率化できているかによって,商品やサ

ービスに違いが生まれ,それが競争力の源泉となって儲けることができるのです。

◆ 仕組みを可視化する業務フロー

 儲かる仕組みは一見つかみどころがないものですが,これを具体的に可視化するのが「業務フロー」です。業務ヒアリングなどをもとに,どのような登場人物がいるのか,何が業務の起点となるのか,どのように業務が進んでいくのか,どのような条件で分岐するのかを整理します。シンプルな例として,以下の業務のフローを作成してみましょう。
[受注生産メーカーの見積業務]※括弧内は平均的な所要時間・待ち時間
1.営業員はお客様と商談する。(1時間・3〜5日)*1日=8時間
2.営業員は商談結果をもとに,見積条件を整理し,所定の書類を記載・提出し
 て営業事務員に見積書作成を依頼する。(0.5時間・4時間)
3.営業事務員は見積書を作成し,営業員に確認依頼する。(0.5時間・8時間)
4.営業員は見積書を確認の上,営業課長に承認依頼する。(0.2時間・8時間)
5.見積書を営業課長が承認する。(0.2時間・8時間)
6.営業員は承認済見積書をお客様に提示の上,クロージングする。(1時間・3
 〜5日)

 図表2の業務フローでポイントとなるのは,所要時間待ち時間を数値化して整理することです。これによって後々改善効果が定量的に試算できるようになります。


◆ 仕組み改善の多角的な検討

 業務ヒアリング,業務フロー作成で業務を可視化することができたら,業務の改善点を洗い出しましょう。改善点の洗い出しには,その業務に直接携わっている人だけでなく,全く関係ない部署の人や,他社・他業界での業務経験を持った人,システムにくわしい人を交えて議論することが効果的です。可視化することで,その業務を担当していない人も含めて業務が俯瞰でき,より多角的な意見が出しやすくなります。
 実際に,図表2のフローの改善点を考えてみましょう。例えば,営業員は紙の依頼書を作成し,営業事務員に渡していますが,この業務に電子承認機能付きのクラウド見積ツールを導入することを検討してみましょう。営業員は出先や自宅でノートPC,またはタブレット端末から簡単に見積書を作成することができ,承認機能を使って営業課長に見積書の承認依頼を行えるとします。
 これにより,営業員は出先から課長に直接,承認依頼が出せるだけでなく,営業事務員に見積依頼するという間接的な作業と,営業事務員の見積書作成作業が不要となるのです。

 ここで,クラウド見積システム利用料は5ユーザーあたり月額10万円だったとします。あなたが経営者だとして,このシステムを導入するでしょうか。果たしてこのシステムが高いのか安いのか,自社にとって導入する価値のあるものなのか,直感的には判断がつかないでしょう。

◆ 改善案を実現に結びつける効果試算

 そこで,改善にかかるコストと,改善によって削減できるコストや追加が見込める利益を計算して,改善効果を試算します。以下の情報をもとに計算してみましょう。
@ クラウド見積システム利用料:月額10万円/5ユーザー
A 営業員の人数:20名
B 営業事務員の人数:10名
C 営業課長の人数:4名
D 営業員のモデル人件費:600万円/年
E 営業事務員のモデル人件費:400万円/年
F 営業員1人1日あたりの見積件数:2件
G 年間営業日230日
H 1日の労働時間8時間


 まず,システム導入で1年間に削減できるコストを試算しましょう。導入により,図表2の業務フローで#3と#4の作業がなくなります。営業員全体の年間見積件数は
   A20人 × F2件 × G230日 = 9,200件……a
なので,旧業務フローの#3と#4にかかる時間は
   #3見積書作成:0.5h × (a) 9,200件 = 4,600h……b
   #4見積書確認・承認依頼:0.2h × (a) 9,200件 = 1,840h……c

営業員・営業事務員の1時間あたりの人件費は,以下のとおりです。
   営業員:D600万円 ÷ G230日 ÷ H8時間 ≒ 3,261円……d
   営業事務員:E400万円 ÷ 230日 ÷ H8時間 ≒ 2,174円……e

よって,単純計算で,営業事務員,営業員の人件費は
   (b) 4,600h × (e) 2,174円 ≒ 1,000万円
   (c) 1,840h × (d) 3,261円 ≒ 600万円

合計1,600万円(f)が削減できるということになります。

 次に,システム利用料の総額を求めましょう。ライセンスは5人単位なので,A〜Cの合計が34名であることを踏まえると,7ライセンス必要になります。
   @10万円 × 7ライセンス × 12ヵ月 = 840万円(g)
削減コストと追加コストの差額を計算すると
   (f)削減コスト1,600万円 − (g)追加コスト840万円 = 760万円
のコスト削減が実現します。作業が減ったからといって即座に人員削減をすることはできませんが,捻出した時間は別の付加価値を創出する活動にあてることができるようになるでしょう。

◆ 改善を推進し仕組みを研ぎ澄ますには

 こうやって具体的に数値を当てはめて試算することで,業務改善の効果を定量的に示せるようになり,業務改善を実行に移すか否か,経営判断ができるようになります。試算結果で「より儲かる仕組み」を構築できることが裏付けられれば,業務改善を一歩前に進めることができるでしょう。

 一方で,営業事務員が長年蓄積した暗黙知(個人の経験や勘などにもとづく知識)によって実施していた見積作成作業を営業員が担うのは無理があったり,せっかくシステムを導

入してもうまく業務にフィットしなかったり,システムを使いこなすのに時間がかかり作業時間が想定の1.5倍かかってしまったり,といった業務の変更に伴うリスクは多く存在します。
 また,現状うまく回っている業務を変えるとなると,さまざまな抵抗が生まれるでしょう。多くの従業員からすると,慣れた業務を今なりにこなしていけば,今なりの給料がもらえ,今なりの生活を送れるので,あえてリスクを取る必要はないのです。
 しかし,冒頭に述べたように,競合企業は日々成長しており,現状維持は衰退を意味します。また,災害やパンデミック,地政学的リスクの変動など,経営環境は刻一刻と変化しており,企業には変化に適応していく努力が求められます。
 多くの企業において,一般社員には儲かる仕組みに沿って仕事をこなすことが,リーダーには儲かる仕組みが正しく回るような推進と管理が求められます。儲かる仕組みを研ぎ澄ますのは,リーダーに抜擢されたあなたです。本テキストが企業の変革を担うあなたの業務改善の一助になれば幸いです。

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