5 慣れない職場での指導をどうすすめたらよいか

◆ 教えてもらうOJT

 新しい職場に異動した佐々木リーダーは,はじめての職場なので仕事についてはだれよりも知識経験が乏しく,急いで身につけるまでは指導とかOJTなんてできるはずはないと思い込んでいました。ところが,上司の木戸課長は佐々木リーダーを呼んで次のようにコーチしたのでした。
 「君はこの職場ははじめてだから,仕事が不慣れなのは当然だ。しかし,会社でのキャリアはもう15年にもなるベテランだから,仕事の急所はよくわかっているはずだ。その眼でうちの職場を見てもらえば,不十分な点にすぐ気がつくに違いない。慣れてマンネリになっていないから,新鮮な眼で改善ポイントを岡目八目で見つけてくれるのを期待しているよ」
 佐々木リーダーは大学時代の恩師の教えを思い出しました。
 恩師のY先生の口ぐせは「ヒトに聴くより良い知恵はない」でした。
 「わからなかったら聞きなさい。知らなかったら教えてもらいなさい」というまったく平凡きわまる教えですが,慣れない職場では何よりの教訓でした。
 そこでさっそく毎日毎日,順番にすべてのメンバーに聞いて回り,教えてもらいました。すると,みんな実によく自分の仕事に精通しており,いろいろ工夫をこらしているのがわかって感心してしまいました。質問には的確にうれしそうに答えてくれます。中にはあべこべに困っていることについて質問したり,相談をもちかけてくる人もいます。仕事以外についての相談事には答えられるのですが,仕事についてはこちらのほうが素人なのでよくわかりません。そこで,ベテランの先輩に「こういう相談がもちかけられたのだが,どう答えたらよいだろう」と教えてもらい,これを伝えたりしました。
 すると,今度来たリーダーは謙虚で,親切で良い人だと評判になり,思わぬ反響にびっくりしました。「わからないことはわからない」とハッキリさせ,みんなでどう解決・改善したらよいかを考えるのはとても良いOJTです。
 「知らざるを知らずとせよ。これ知れるなり」と昔の教訓もありますが,知ったか

ぶりをして,間違ったことを教えるより,ずっと良いやり方です。
 佐々木リーダーはとても良いOJTをすすめているのです。

◆ 〈事例の分析〉教うるは学ぶの半ば…

 教えるというのは,学んだことの半分も教えられれば上等という意味の金言がありますが,実際には学んだことの10分の1も教えられればいいくらいです。
 教えてみると,学んだことが十分にわかっていなかったことに気がつくものです。わかったつもりで,本当にわかっていなかったということがわかるのです。
 知らないことは教わるに限ります。「人間は口が1つ。耳は2つ。これは神様がしゃべる倍だけ聞きなさいと,そうお創りになったのだ」という教えがありますが,リーダーはその心がけが大切です。
 アメリカの会社ではリーダー教育に,リーダー(leader)ということばの頭文字のlはlisten傾聴する)を表していると教えているそうです(図表4)。リーダーシップ(leadership)はリッスン(listen)にはじまるという教え方はすばらしいですね。
 質問されて答えているうちに,メンバーは自分が本当にわかっていなかったことを自覚し,反省して,勉強し直すというのは大変良いことです。相手にわかるように説明できて,本当にわかっているといえるのだということがわかるようになれば大したものです。教育の基本は問答です。問に対して答えることによって,お互いに学び合うことができるのです。
 「悩みは,人に聴かれることにより半減し,喜びは人に聴かれることにより倍加する」とはよくいったものです。リッスンに熱心なリーダーはOJTのベテランであり,メンバーに好かれ,信頼されるものです。

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