事例1 はじめてメンターに任命された中堅社員


 株式会社J社はシステムのコンサルティングから開発・保守運用までを手がけるIT企業です。高山さんは私立大学の経済学部を卒業後,新卒でJ社にシステムエンジニアとして入社し今年で5年目になります。
 J社は28年前にバイタリティ溢れる20代の社長が会社を立ち上げて以来順調に業績を伸ばしてきました。リーマンショックの影響を受けて新卒採用人数を若干抑えた時期もありましたが,キャリア採用で経験豊富な人材を獲得する一方で,例年,院卒・大卒・短大卒・高専卒・専修卒の新入社員の採用も継続的に行ってきており,現在,従業員数は約350名です。
 J社の強みは,金融系の大手や中堅企業を顧客に持ち,システムの開発から運用までを一括して引き受けられることから,厳しい納期であっても顧客の期待に応えるソリューションを生み出せることです。創業時は,理工系の学生を採用していましたが,近年は文系の学生も積極的に採用して入社後の研修でITの基礎から教育してエンジニアや営業職として戦力化しています。就職活動する学生にとっては,入社後ゼロから学べることが魅力で,志望者も増えてきています。
 J社の新入社員は,入社式から半年間の集合研修で基本的な知識・技術を身につけた後に配属され,職場でOJT教育を受けながら実務を通してスキルを磨いていきます。それでも,毎年何人かは1年以内に辞めていくという現実もあり,人材の定着化を図る目的で今年から「メンター制度」を導入することになりました。
 高山さんは,大学時代はゼミの発表やレポート作成でパソコンを使うくらいで,プログラミングやシステムに関する知識はほとんどなかったのですが,明るく元気な青年であり,未知未経験の事柄にも関心を寄せて意欲的に取り組む性格が評価されて採用となり,会社の期待に応えて入社後着実に力をつけてきました。顧客からの評判もよく,上司にとっては安心して任せられるメンバーの一人であり,そろそろプロジェクトのリーダーを任せたいと期待されている中堅社員です。

 高山さんは,ある日,上司に話があると呼ばれこう言われました。
 「君に今度4月に入社してくる新入社員のメンターになってもらいたいんだ」
 「メンター制度の導入は話に聞いていましたが,私がメンターですか?」
 「新入社員の三浦君は君の大学の後輩でもあるし,人事から君が適任だろうという事でね。君にはいずれリーダーを任せるつもりだし,私も君には期待しているから。お願いできないかな?」
 「はぁ,はい。でも一体どんなことをすればいいんでしょうか?」
 「それほど難しいことではないよ。要は新入社員の相談に乗ってやってくれればいいんだ。とりあえず2週間に1度くらいの割合で面談機会を設けて,何か困っていることはないかとか聞いてみることから始めてもらえばいいんだが。どうかね,引き受けてもらえるかな?」
 「はい……。でも課長,私のときはメンター制度なんてまだありませんでしたし,違う部署にいる新人の面倒を見るなんてなんだか変ですよね。従来のOJTとは違うんでしょうかね」
 「その辺のところは,私もはじめてのことで明確には説明できないんだが,OJTがなくなるわけではないよ。まぁ,あまり考え込まないでとにかくやってみてくれないか。困ったことがあれば私ももちろん助けるし,なにしろ人事からのお達しだから……」
 「はい」

 高山さんは,席に戻って自分が新入社員のときのことを思い返してみました。自分は文系大学の出身で,入社当時本当にやっていけるのか不安だったことやミスをして落ち込んだときのこと,仕事がなかなか覚えられなくて悩んだことなど……少しずつ思い出されました。
 高山さんが悩んでいたとき同じ部署の3つ年上の村上先輩がよく声をかけてくれたのでした。大学は違うけれど,村上先輩も自分と同じ文系の出身であったことやたまたま自宅が同じ沿線だったので帰りが一緒になって食事をすることもありました。そんなときはいろいろと話を聞いてくれてアドバイスをくれたので日頃から頼りにしていました。今でも何かあると,相談に行くのはたいてい村上先輩でした。新入社員は会社が決めたメンターに相談する気になるんだろうか? と高山さんにはそんな疑問が湧いてきて,なぜ,メンター制度が必要なのかと考え込んでしまいました。
 高山さんは,上司の命令なのでしかたなく引き受けたものの,これからの時期は今抱えているプロジェクトの業務が山場を迎えて忙しくなるので仕事に集中して乗り切ろうと思っていた矢先でもあり,何だか気が重たくなってしまいました。メンターを引き受けたら余計に忙しくなるだけで損な役回りだなぁと思ってしまいます。

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